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会長、理事長のご挨拶
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中東協力センター会長 宮永 俊一
 このたび中東協力センターは、設立50周年の大きな節目を迎えました。賛助会員はじめ産業界・経済界の皆さま、経済産業省・外務省・中東在外公館はじめ官公庁・関連機関の皆さま、大学やメディアはじめ中東専門家・研究者の皆さま、また中東各国の官民の皆さまを含め、幅広い国内外の産学官の方々からの温かいご指導とご支援を得て、半世紀におよぶ長い道のりを歩んで来られたことに、深く感謝申し上げます。

 弊センターは1973年10月6日の第四次中東戦争勃発を契機とする第一次石油危機の最中、同月20日に設立されて以来、中東・北アフリカ(MENA)諸国から日本への石油・天然ガスの安定供給のため、さらにMENA諸国の経済・産業の発展への貢献を通じて日本との重層的・長期的な関係の深化を図るべく、日本とMENA諸国双方における官と民の活動の「結節点」として多様な事業活動を展開して参りました。

 弊センターは、北はトルコ、南は南スーダン、西はモーリタニア、東はアフガニスタンと広大なMENA地域を対象に、主要産油国であるサウジアラビアやUAE、イラン、イラクに拠点を置き、現地や周辺国の情報収集・官民の人脈形成を行いつつ、日本企業による投資のご支援やMENA諸国での産業人材の育成に関する、各種支援スキームの整備・提供も含め多くの事業を実施して参りました。加えて、サウジアラビア、クウェート、UAEなどとの二国間ビジネス会合の開催、「中東協力現地会議」「中東水資源協力推進会議」など人的交流・情報交流の場の提供を長年に亘って続けるほか、「日・サウジ・ビジョン2030」のような二国間の政府合意に基づく長期的な産業協力・投資促進活動への貢献にも積極的に努めております。

 弊センターの50年、第一次石油危機からの50年を振り返りますと、日本は官民挙げて石油備蓄・省エネなどエネルギーの効率利用、石油代替エネルギー開発に取り組んで来ました。とはいえ、我国の経済・社会の発展が続く中で、石油・天然ガスは日本の経済・産業にとり不可欠な存在であり続け、その大半を中東に依存するエネルギー調達構造は今に至るまで大きな変化はありません。

 そして50年が経った今、世界は新たな変化と危機の時代に突入しています。グローバルな「脱炭素」「脱化石燃料」のうねりが大きく盛上った矢先、勃発したウクライナ戦争により、化石燃料の重要性が再認識されるとともにエネルギー価格の高騰と調達市場の不安定化が生じ、中東の重要性がこれまで以上に高まる状況に至っています。

 MENA諸国は、豊富な化石燃料を有する一方で、再生可能エネルギーの産地としても高い競争力とポテンシャルを有し、化石燃料から非化石燃料への世界的な「エナジートランジッション」を新たな成長の可能性に繋げようと取組を始めています。今後、数十年を要するともいわれるこのトランジッションの期間を通じ、日本にとって化石燃料と非化石燃料の双方の供給地として、MENA諸国はますます重要な存在となっていくことが見込まれます。

 一方、「課題先進国」といわれる日本が、半世紀に亘り社会全体として地道に築いてきたエネルギー分野での課題対応力は、環境分野への課題対応とも密接にリンクしています。発電・製鉄などエネルギー多消費で二酸化炭素排出量も多い産業の効率化、自動車・家電製品などの徹底した省エネ化、家庭ゴミ・廃棄物・下水などの効率的処理や再循環化、再生可能エネルギー・クリーンエネルギーの開発・活用などにおいて、多くの日本企業が持っている技術・機器・システム・社会インフラ・運営ノウハウなどの多彩なソリューションは、人口増加に伴いエネルギー消費量・廃棄物発生量ともに拡大を続けるMENA諸国にとっても、今後ますます重要なものとなり、日本にとっても大きなビジネス機会となり得るものと考えます。

 MENA諸国と日本のこれまでの50年は、石油・ガス関連の産業分野や電力・水などの社会インフラを主軸とする関係でした。しかし、現在のMENA諸国の発展は著しく、これからの50年を見据えると、従来の協力分野に加え、急速に拡大しているデジタル化・AI、ロボティクス、金融革命などの最先端分野、また環境、物流、医療、教育、エンターテインメントなどMENA諸国の国民生活の向上に資する分野などへの貢献も期待されています。このように、さらに拡大した分野でMENA各国との連携を深め多種多様な事業活動を活発に展開していくことが必要であると思っております。

 日本に不可欠なエネルギーの安定確保をベースとしつつ、MENA地域の安定と発展に資する持続可能で重層的な関係を構築し、深化させるべく、弊センターは引き続き、日本企業の投資・進出の促進、MENA諸国の産業人材の育成などに関する諸事業に、双方の官と民の「結節点」として微力ながら貢献して参りたく決意を新たにしております。今後とも倍旧のご指導ご支援を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
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中東協力センター理事長 小平 信因
 おかげさまで中東協力センターは10月20日に設立50周年を迎えました。これも経済産業省、外務省を始めとする政府関係機関の皆様、経済界の皆様、中東各国政府の関係機関の皆様始め数多くの方々の長年にわたるご支援の賜物であり、改めて深く感謝申し上げます。

 センターは、中東・北アフリカ諸国との幅広い協力を推進することを目的に経済界の幅広い賛同をいただいて、1973年に設立されました。私は1972年に当時の通商産業省に入省しましたが、60年代後半から産油国において「資源ナショナリズム」が強まって石油を取り巻く世界環境が激変する中で、経済の根幹をなす石油をどう安定的に確保していくか、エネルギーの多様化をどう進めていくかが最大の政策課題となっていました。1967年度の石油の中東依存度は91.2%に達し、中東諸国と石油の輸入だけにとどまらない、投資、人材育成等様々な分野での協力を拡大・深化させることが長い目でみて石油の安定供給につながるとの関係者の共通認識がセンターの設立につながったと記憶しています。

 センター設立直前の10月6日に第四次中東戦争が勃発し、それを契機とするOAPEC(アラブ石油輸出国機構)による石油の輸出制限、OPECによる石油価格の大幅引き上げー第一次石油危機―が、世界経済に急激なインフレと景気の大幅後退を同時にもたらし(スタグフレーション)、多くの国々において長期にわたる経済の混乱と停滞、政治の変動を引き起こしました。第一次石油危機は省エネルギーの推進・エネルギー源の多様化・石油供給先の多角化等エネルギー政策の大幅見直しと産業界における対応の変革を迫るとともに、石油安定供給確保の観点から、中東諸国との幅広い関係強化の必要性を改めて認識させることとなりました。

 第一次石油危機以降日本企業の中東・北アフリカ諸国への輸出、投資等の進出が進み、数多くのプロジェクトが実施されてきました。そうしたプロジェクトにはセンターの事業をご活用いただいたものもあり、センターとして微力ながらお手伝いできたことをありがたく思っております。

 この50年の間、中東を取り巻く世界の環境は様々に変遷してきましたが、特にここ5~10年は構造的に激変しています。中国の巨大化と世界における影響力の急激な拡大、それに対応する米国の外交政策の対中シフト、米国の石油純輸出国化と中東諸国からの石油輸入の大幅な減少、カーボンニュートラルの推進とそれに伴うエネルギートランジションの流れ、ウクライナ戦争に起因する石油・天然ガスの需給構造の変化など、かつては想像できなかった大きな変化が生じています。

 そうした中で中東・北アフリカ諸国は、国により程度に相当の違いはあるものの、大きく変化しつつあります。中でもサウジアラビアとUAEの変化は著しく、両国とも若いリーダーの下、超長期のビジョンをもって様々な改革を実行し、先端産業の育成に力を入れて取り組んで成果を挙げつつあります。中国を筆頭とするアジアとの貿易等の経済関係が欧米との関係を上回り、今後更にその成長が期待されることもあって、外交政策はかつての米国中心から、中国(及びロシア)とのバランスをとったものへと転換しています。サウジアラビアには「グローバルサウス」との架け橋となるとの思いが強いとも言われます。

 今後50年を展望すると、多くの不確定要因があるものの、サウジアラビア、UAEは長期に続くことが予想される安定的なリーダーシップの下で持続的発展が期待され、また、長期的にみればトルコ、エジプトを始め多くの中東・北アフリカの国々も成長していくことが予想されます。世界全体でのエネルギートランジションは長期を要するものと考えられ、中東諸国は石油・天然ガスの最も重要な供給地域であり続けるばかりでなく、自然環境を活かして再生可能エネルギーや水素等の有力な供給地域となるものと考えられます。更に、市場としても大きな成長可能性があります。

 こうした認識の下、日本企業においては、これまでの蓄積の上に強みのある分野を始めとして内外の企業とも連携協力しつつ、中東・北アフリカ諸国での活動を一層活発化していくことが望まれます。中東協力センターはそうした活動に関して少しでも皆様のお役に立てるよう決意を新たに努力して参りますので、今後ともご指導とご支援を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

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